🔍 古語拾遺の完全訳
『古語拾遺』【原文と直訳】(第2部 橿原宮建築)
仍 令天富命 《太王命之孫也》 率 手置帆負彦 狹知二神 之孫 以齋斧 齋鉏始採山材 構立正殿 所謂 底都磐根仁宮柱布都之利立 高天乃原 爾搏風高之利 皇孫命 乃美豆乃 御殿 乎造奉仕也
仍って 天富命《太王命之孫なり》に命じ 手置帆負命 及 彦狹知命之孫率いさせ 齋斧齋鉏用い 初めて山材採り 正殿構築す 所謂 底都磐根仁 宮柱 布都之利立 高天乃原爾搏風 高之利 皇孫命之美豆御殿 造り 奉仕すなり
故 其裔 今在 紀伊国 名草郡御木 麁香二郷 《古語 正殿謂之麁香》 採材 齋部 所居 謂之御木 造殿 齋部 所居 謂之麁香 是其証也
故に 其裔今 紀伊国 名草郡之 御木 麁香二郷に在り 《古語にて 正殿「麁香」と呼ぶ》 採材之 齋部居るを「御木」と呼び 造殿之 齋部居るを「麁香」と呼ぶ 是 其証なり
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なんか表現が古くありません? 私の頭では、意味がよくわからないです…… |
その後、天富命(太王命の孫)が、手置帆負彦と狹知の二神の孫たちを率い、神聖な斧と鉞を使って山から材木を採取し、正殿の建設に取り掛かりました。 この正殿は、 「底都磐根仁宮柱布都之利立、高天乃原爾搏風高之利」 (底筒の磐根の仁徳をもって宮の柱を立てる・高天の原にて風を搏つ高き利益) という名で称えられ、天皇の孫が建てて奉仕したものでございます。 そのため、彼らの子孫は現在、紀伊国名草郡の御木、麁香の二郷にお住まいです。 神殿の材木を採取した場所は「御木」と呼ばれ、神殿の大工が住んでいた場所は「麁香」と呼ばれております。 これらの地名は、彼らの歴史の証拠として今に伝えられているのです。
🎓 『古語拾遺』を理解する、分かりやすい解説
底都磐根仁 宮柱 布都之利立・高天乃原・爾搏風高之利 とは? わけのわかんない、呪文のように見えますが……「底つ岩根に」……権力基盤を岩盤のようにしっかり整え 「宮柱」……宮殿の支柱、正しき政権の柱をしっかり持ち 「太宣りたて」……影響力特大の宣言を、皆に力強く大々的に表明し 「高天乃原」……空高き「天の原」のように 「爾搏」……この声が、いかなるものにも打ち勝ち 「風高之利」……風高く、遠くまでも利益を届けられますよう
『古語拾遺』第2部 神武天皇の橿原宮建築
