🇯🇵 日本国歌 『君が代』 に秘められた驚きの意味
『君が代』……
それは、オリンピックの表彰台で選手たちの胸を高鳴らせ、私たちの国に誇りを呼び起こすあの旋律。
ところが、その歌詞の意味って、ご存知ですか?
正直、よくわからないですよね?
いったいドコの世界に、自分たちの国歌の歌詞の意味を、国民の誰も知らない……という国があるのでしょう?
・
・
元々 『君が代』 という言葉そのものは 【天皇の治める世】 という意味を指します。(キミ=君主 ですから)
なので、日本国歌の 『君が代』 の意味も、
【天皇陛下の治める世が、永代まで続きますように】
という説が昔から言われているわけですが、
別な解釈として、
【恋人を想うラブレター】
だとする研究者もいて、世の中の意見は割れているところです。
・ 天皇陛下の治める世が、永代まで続きますように
・ 恋人を想うラブレター
いったい、どちらの説が正しいの?
明日のちょっとした 『話のネタ』 にもなりますし、今後の教養のためにも、知っておいて損はない話なので、ぜひ読んでみてください。
それでは、まいりましょう!
・
・
🎓 『君が代』 の作者は誰か? 特定できるか?
『君が代』 の歌詞については、
以下の二つの説を聞いたことがあると思います。
【天皇陛下を称える歌】
天皇陛下の治める世の中が永く続き、国力の小さな島国がやがて富国強兵策で大きくなり、はるか未来の代々まで続く強国になりますように
【恋人を想うラブソング】
かけがえのないあなたの命が、長い年月をこえて、小石が集まってできる大きな岩のようになり、苔が生えるほど、永く続きますように
・
・
最初は 【天皇陛下を称える歌】 の説についてですが、こちらの説は、やや弱めです。
なぜかというと、オリジナルは 『古今和歌集』 (905年) から来ているので、作成年である905年の該当の天皇は?
醍醐天皇 (在位 897年 - 930年)
897年に即位してまだ8年弱の醍醐天皇の世が……という意味になるのでしょうが、実は 『古今和歌集』 って、その醍醐天皇自身が紀貫之らに作らせた歌集なのです。
(古今和歌集は、醍醐天皇の勅命によって、漢詩に圧倒されかけていた大和歌を再興するために、編纂された歌集)
文字が書ける教養の高さの人物であるうえ、醍醐天皇を直接賛美している内容を見ると、おそらく作者は朝廷に関連する人物のはず。
自分のことを称えてくれた、そんなカッコイイ句のことを 『詠み人知らず』 みたいな雑な扱いで、目立たない形として掲載するでしょうか?
・
・
そもそも 『君が代』 が謎となってる最大の理由って、作者が 『詠み人知らず』 だからなのですよね。
誰が詠んだか分からない、作者不明なせいで、その句の意図も分からない。
(資料がないから、学者や、歴史マニアも、それぞれの 『仮説』 をぶつけ合う状態)
しかし、熱心な人々によって、 『詠み人はこの人ではないか?』 の候補者が2名浮かび上がってきたそうですよ。
【藤原朝臣石位左衛門】
木工の名手で、第55代・文徳天皇の親王に仕えていた彼が、たまたま滋賀県の春日村で「さざれ石」(石灰質の角礫岩)なる岩を見て、「これは珍しい岩だ!これをモチーフに詩を詠もう」 と捧げたという説。
【橘清友】
奈良時代後期の貴族で、歌人でもあった橘清友とする説。彼は貴族だったので、天皇と近い位置にいたため、第51代平城天皇の祝事のときに謡ったという説。
・
・
どちらの説も、【天皇陛下を称える歌】 の側に立っています。
あれ? やっぱり 【恋人を想うラブソング】 説ではなく、 【天皇陛下を称える歌】 の説のほうが有力??
ただよく考えると、この 『君が代』 の候補者2人って、どちらにも疑問が残るのですよね。
もし、橘清友が詠んだ場合、なぜ 『詠み人知らず』 になったのか?
天皇の祝事のときに謡い奉ったのであれば、出席者多数なのですから、あれは彼が詠んだもの! と多くの参列者の記憶に残ってるはず。
それが 『詠み人知らず』 になります??
……すると、木工の名手のほうが有力になるのかな?
こちらも、天皇と近い位置にいた橘清友が詠んだ詩であれば、【天皇陛下本人を称える歌】 として、顔見知りの彼が詠んだ詩が 『詠み人知らず』 という雑な扱いを受けるでしょうか?
すると 【恋人を想うラブソング】 説になるのかな?
……ということで、今度は 【恋人を想うラブソング】 説の解説に移るわけですが、ここまでの流れを見ても 『君が代』 の研究は一筋縄ではいかないことが分かると思います。
今までも数々の学者や、歴史マニアが挑戦し、ことごとく跳ね返されてきた。
では、誰なら暗号を解けるのか? …… 霊能者!!
ここからが、霊能力を使って解いた、私の解説です!
今まで聞いたことのない説になるので、驚いてくださいね。行きますよ!!
・
・
『君が代』 の君とは誰を指すのか?
『君が代』 は、世間では2つの説がぶつかりあっています。
【天皇陛下を称える歌】
天皇陛下の治める世の中が永く続き、国力の小さな島国がやがて富国強兵策で大きくなり、はるか未来の代々まで続く強国になりますように
【恋人を想うラブソング】
かけがえのないあなたの命が、長い年月をこえて、小石が集まってできる大きな岩のようになり、苔が生えるほど、永く続きますように
【天皇陛下を称える歌】 の方は、いくつかの矛盾を含み、決め手に欠ける!
すると、もう片方の 【恋人を想うラブソング】 説なのかな? と思うじゃないですか。
ところが、私が分析を行ったところ、全く違う結果が出たのです!
ここからは、ドコにも載ってないオリジナルの説です!
・
・
【恋人を想うラブソング】
この説にも、大きな矛盾は存在します。
世間では 「君が代は千代に八千代に……」 の部分を単に文字だけ見て 「これは恋人についての歌だ!」 と解釈する人が多いのですが……
残念ながら違うのです!!
俳句だって 『古池や蛙飛びこむ水の音』 を文字だけ追えば、「カエルが池に飛び込んでポチャン! と鳴った」 これしか言ってない。
詩の裏にある作者の 『意図』 を理解するには、文字を追いかけていてはダメで、分析者には鋭い 『洞察力』 が必要になってくるのです。
・
・
『君が代』 の 【恋人を想うラブソング説】 の決定的な矛盾!
それは 『君が代』って、自分がいないんですよ。詩の詠み手の存在が、意図的に消されてる。
そもそも、熱烈に恋人のことを詠むのであれば 『相手の人生だけ、千代に八千代に長くなる』 ではなく
あなたと共に過ごす世が、いつまでも続きますように!
願わくば、あなたの人生の最後の瞬間まで、
私がそばで見守れることを!
と、 『2人共に寄り添う人生が長くなる』 ことを詠うほうが自然。
なぜ、詩の詠み手の存在が感じられないのですか?
・
・
鋭い 『洞察力』 で考えたとき 『自分がいない詠み手』 が 『君の世が永遠に続くこと』 を願うとしたら、その相手は一人しかいません。それは……
生まれたばかりの我が子!
この詩は権力者が、生まれたばかりの自分の子に対して、
君の治める世が栄えて、永遠に続くように願う! と詠んだ詩なのです。
『君が代』……
それは、オリンピックの表彰台で選手たちの胸を高鳴らせ、私たちの国に誇りを呼び起こすあの旋律。
ところが、その歌詞の意味って、ご存知ですか?
正直、よくわからないですよね?
いったいドコの世界に、自分たちの国歌の歌詞の意味を、国民の誰も知らない……という国があるのでしょう?
・
・
元々 『君が代』 という言葉そのものは 【天皇の治める世】 という意味を指します。(キミ=君主 ですから)
なので、日本国歌の 『君が代』 の意味も、
【天皇陛下の治める世が、永代まで続きますように】
という説が昔から言われているわけですが、
別な解釈として、
【恋人を想うラブレター】
だとする研究者もいて、世の中の意見は割れているところです。
・ 天皇陛下の治める世が、永代まで続きますように
・ 恋人を想うラブレター
いったい、どちらの説が正しいの?
明日のちょっとした 『話のネタ』 にもなりますし、今後の教養のためにも、知っておいて損はない話なので、ぜひ読んでみてください。
それでは、まいりましょう!
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🎓 『君が代』 の作者は誰か? 特定できるか?
『君が代』 の歌詞については、 以下の二つの説を聞いたことがあると思います。
【天皇陛下を称える歌】
天皇陛下の治める世の中が永く続き、国力の小さな島国がやがて富国強兵策で大きくなり、はるか未来の代々まで続く強国になりますように
【恋人を想うラブソング】 かけがえのないあなたの命が、長い年月をこえて、小石が集まってできる大きな岩のようになり、苔が生えるほど、永く続きますように
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最初は 【天皇陛下を称える歌】 の説についてですが、こちらの説は、やや弱めです。
なぜかというと、オリジナルは 『古今和歌集』 (905年) から来ているので、作成年である905年の該当の天皇は?
【恋人を想うラブソング】 かけがえのないあなたの命が、長い年月をこえて、小石が集まってできる大きな岩のようになり、苔が生えるほど、永く続きますように
醍醐天皇 (在位 897年 - 930年)
897年に即位してまだ8年弱の醍醐天皇の世が……という意味になるのでしょうが、実は 『古今和歌集』 って、その醍醐天皇自身が紀貫之らに作らせた歌集なのです。
(古今和歌集は、醍醐天皇の勅命によって、漢詩に圧倒されかけていた大和歌を再興するために、編纂された歌集)
文字が書ける教養の高さの人物であるうえ、醍醐天皇を直接賛美している内容を見ると、おそらく作者は朝廷に関連する人物のはず。
自分のことを称えてくれた、そんなカッコイイ句のことを 『詠み人知らず』 みたいな雑な扱いで、目立たない形として掲載するでしょうか?
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そもそも 『君が代』 が謎となってる最大の理由って、作者が 『詠み人知らず』 だからなのですよね。
誰が詠んだか分からない、作者不明なせいで、その句の意図も分からない。
(資料がないから、学者や、歴史マニアも、それぞれの 『仮説』 をぶつけ合う状態)
しかし、熱心な人々によって、 『詠み人はこの人ではないか?』 の候補者が2名浮かび上がってきたそうですよ。
【藤原朝臣石位左衛門】
木工の名手で、第55代・文徳天皇の親王に仕えていた彼が、たまたま滋賀県の春日村で「さざれ石」(石灰質の角礫岩)なる岩を見て、「これは珍しい岩だ!これをモチーフに詩を詠もう」 と捧げたという説。
【橘清友】 奈良時代後期の貴族で、歌人でもあった橘清友とする説。彼は貴族だったので、天皇と近い位置にいたため、第51代平城天皇の祝事のときに謡ったという説。
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どちらの説も、【天皇陛下を称える歌】 の側に立っています。
あれ? やっぱり 【恋人を想うラブソング】 説ではなく、 【天皇陛下を称える歌】 の説のほうが有力??
ただよく考えると、この 『君が代』 の候補者2人って、どちらにも疑問が残るのですよね。
もし、橘清友が詠んだ場合、なぜ 『詠み人知らず』 になったのか?
天皇の祝事のときに謡い奉ったのであれば、出席者多数なのですから、あれは彼が詠んだもの! と多くの参列者の記憶に残ってるはず。
それが 『詠み人知らず』 になります??
……すると、木工の名手のほうが有力になるのかな?
こちらも、天皇と近い位置にいた橘清友が詠んだ詩であれば、【天皇陛下本人を称える歌】 として、顔見知りの彼が詠んだ詩が 『詠み人知らず』 という雑な扱いを受けるでしょうか?
すると 【恋人を想うラブソング】 説になるのかな?
……ということで、今度は 【恋人を想うラブソング】 説の解説に移るわけですが、ここまでの流れを見ても 『君が代』 の研究は一筋縄ではいかないことが分かると思います。
今までも数々の学者や、歴史マニアが挑戦し、ことごとく跳ね返されてきた。
【橘清友】 奈良時代後期の貴族で、歌人でもあった橘清友とする説。彼は貴族だったので、天皇と近い位置にいたため、第51代平城天皇の祝事のときに謡ったという説。
では、誰なら暗号を解けるのか? …… 霊能者!!
ここからが、霊能力を使って解いた、私の解説です!
今まで聞いたことのない説になるので、驚いてくださいね。行きますよ!!
・
・
『君が代』 の君とは誰を指すのか?
『君が代』 は、世間では2つの説がぶつかりあっています。
【天皇陛下を称える歌】
天皇陛下の治める世の中が永く続き、国力の小さな島国がやがて富国強兵策で大きくなり、はるか未来の代々まで続く強国になりますように
【恋人を想うラブソング】 かけがえのないあなたの命が、長い年月をこえて、小石が集まってできる大きな岩のようになり、苔が生えるほど、永く続きますように
【天皇陛下を称える歌】 の方は、いくつかの矛盾を含み、決め手に欠ける!
すると、もう片方の 【恋人を想うラブソング】 説なのかな? と思うじゃないですか。
ところが、私が分析を行ったところ、全く違う結果が出たのです!
ここからは、ドコにも載ってないオリジナルの説です!
・
・
【恋人を想うラブソング】
【恋人を想うラブソング】 かけがえのないあなたの命が、長い年月をこえて、小石が集まってできる大きな岩のようになり、苔が生えるほど、永く続きますように
この説にも、大きな矛盾は存在します。 世間では 「君が代は千代に八千代に……」 の部分を単に文字だけ見て 「これは恋人についての歌だ!」 と解釈する人が多いのですが…… 残念ながら違うのです!! 俳句だって 『古池や蛙飛びこむ水の音』 を文字だけ追えば、「カエルが池に飛び込んでポチャン! と鳴った」 これしか言ってない。 詩の裏にある作者の 『意図』 を理解するには、文字を追いかけていてはダメで、分析者には鋭い 『洞察力』 が必要になってくるのです。
あなたと共に過ごす世が、いつまでも続きますように!
願わくば、あなたの人生の最後の瞬間まで、
私がそばで見守れることを!
と、 『2人共に寄り添う人生が長くなる』 ことを詠うほうが自然。
なぜ、詩の詠み手の存在が感じられないのですか?
・
・
鋭い 『洞察力』 で考えたとき 『自分がいない詠み手』 が 『君の世が永遠に続くこと』 を願うとしたら、その相手は一人しかいません。それは……
生まれたばかりの我が子!
この詩は権力者が、生まれたばかりの自分の子に対して、
君の治める世が栄えて、永遠に続くように願う! と詠んだ詩なのです。
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そうなんですか!? |
『君が代は 千代に八千代に
細ざれ石の巌となりて 苔のむすまで』
古今和歌集(905年)
我が子よ。君の命は、はかない命ではなく
小さな石から、苔が生える大きな岩となるよう
強い命として、君の世が末永く続くよう、私が願おう《君が代》…の部分は 《恋人の命の長さを願う》 と誤解されてますが …… 本当は 〈君の治める世〉 を指す。
《細ざれ石》…の部分は 《石灰質の角礫岩》と誤解されてますが …… 本当は〈これから身体が大きくなる小さな我が子〉を指す。
この詩を詠んだ 『謎の人物』 は、普通の権力者ではありません。
その中身を見ると、『極めて高い身分』なのが分かり、自身の 『後継者』 となる男の子に向けて詠んだ詩なのですが……
生まれたばかりの子が、後に 「世を治める運命」 にあるのは、その時代たった一人しかいません!
それは……
『天皇の第一子!!』
・
・
この詩が持つ意味は、ただの詠み歌ではなく、日本の王室に関連するモノだったのです。
それでは、証拠を一つずつ整理していきましょう。
まず 『君が代』 が収録されてる 『古今和歌集』 は、905年に完成。
ということは、そのちょっと前に、天皇の第一子が生まれてなければ、この説は崩れますよね?
・
・
いるのです! その 『該当者』 は2人とも見事に割り出されました!
それは誰か?
先ほども出てきた、醍醐天皇(885−930)と、その第一子である保明親王(903年生まれ)
・
・
『君が代』 の詩は、それから約1000年後(明治13年)にイギリス王室を招いたタイミングで 『国歌の歌詞』 として採用されたわけですが、
このときは 『江戸幕府』 が終わって 『王政復古&富国強兵策』 がスタートした時期だったので 「天皇陛下の治める世が、末永く続きますように」 という、まさにその意味を込めて、この句が採用されたのです!
明治政府は、『君が代』の意味を知っていたのです!!
・
・
🎓 『君が代』 の作者は、歴史上の重要人物だった!
![]() |
でも、作者が最高権力者なら、 作者欄が 『詠み人知らず』 なのはおかしいのでは? |
『古今和歌集』 の中では、この句は確かに 『詠み人知らず』 になってたはず。 なのに、その後数百年以上も、日本の朝廷の中では 『君が代』 の作者が醍醐天皇だと、誰もが知ってたっぽいのです! つまり、朝廷の中では公然の秘密。
「我が君は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで」
今なんと? 「我が君」??
・
・
🎓 難問を私が解いてしまった!!
ほとんどの人が知らない事実ですが、実は 『君が代』 のオリジナルバージョンは、出だしの語句が 『我が君は~』 で始まっています。 我が君!! 思いっきり、第一子に向けて詠んだ詩じゃないですか! しかも!! オリジナルの 『古今和歌集』 は 「我が君は~」 という書き出しだったはずなのに、それから100年後にまとめられた 『和漢朗詠集』 になると、しれっと 「君が代は~」 に訂正されている。 何らかの意図を持って、勝手に訂正が行われているのです。 ・ ・ 『君が代』って、先にも述べた通り、元々は 「天皇の治世」 という意味。 『古今和歌集』 も 『和漢朗詠集』 も、この歌を詠んだ人物の正体は相変わらず 『詠み人知らず』 として伏せられたままですが…… 思いっきり 『詠み人』 の正体を知ってたじゃないですか!! 実は後の時代になって 『君が代』 に倣う替え歌まで作られています。
中村安太郎選・生徒用唱歌
〇三大祝節頌歌 『君が代』
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(この唱歌は、三大節においてはもちろんのこと
他の祝日に頌歌すべき国歌なり)
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【2番の歌詞】
【2番の作者】 源頼政(1104-1180)……平安時代末期の武将で、歌人。 朝廷に仕える宮廷武士だったため、和歌を詠む習慣があった。「今撰和歌集」に収録。
【3番の歌詞】
【3番の作者】 藤原俊成(1114-1204)……平安時代後期~鎌倉時代初期の公家、歌人。 六条天皇が即位した際の大嘗祭で詠んだ和歌。「新古今和歌集」に収録。
三大祝節頌歌……
〝頌歌〟の意味ってご存知ですか?
君が代は
千尋の底の さざれ石の
鵜のゐる磯と あらはるるまで
【現代語訳】
天皇陛下の治める世の中は
広大な海の底まで広がる遠大さで
海底の細砂から海岸の鵜が見える景色まで
全ての風景や自然が天皇陛下のものなのです
【2番の作者】 源頼政(1104-1180)……平安時代末期の武将で、歌人。 朝廷に仕える宮廷武士だったため、和歌を詠む習慣があった。「今撰和歌集」に収録。
【3番の歌詞】
君が代は
千代ともささじ 天の戸や
いづる月日の かぎりなければ
【現代語訳】
天皇陛下の治める繁栄の世は
永代まで衰退することはなく
土地も人も、天の扉で皆が守られている
どのような時代で何が起ころうとも
それは永久不変なのです
【3番の作者】 藤原俊成(1114-1204)……平安時代後期~鎌倉時代初期の公家、歌人。 六条天皇が即位した際の大嘗祭で詠んだ和歌。「新古今和歌集」に収録。
ホラね? 決定的でしょう?
オリジナルは 『我が君は~』 で始まっていたものの、後の時代の人がその意をくんで 『君が代は~』 の出だしに訂正し、 『君が代は~』 が何を意味するかよく知ってる歌人たちが、時の陛下にゴマすりまくり。
これで、『君が代』 の本当の作者も、本当の意味も、そして、その後に続く歴史的背景までも、謎が明らかになりました!
今から本当の訳をお披露目します!
・
・
・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
『我が君は 千代に八千代に
細ざれ石の巌となりて 苔のむすまで』
・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「我が子よ。君の治める世は、私以上の広大な土地となり、赤子から大人の身体に成長し、寿命を全うした権力者となれるよう、強い天皇として、君の世が末永く続くよう、私が願おう」
- 醍醐天皇 より 生まれたばかりの保明親王 へ -🎓 ChatGPTによる、訳の分析!
神の絵とカタカムナは人生の魔法!
