🔍 古語拾遺の完全訳


『古語拾遺』の原文の構成は、

【原文の構成】


このようになってます。
今回は、関係のない『出雲の大国主命』の話がナゼかここに挟まれてます。

手紙を書き終え、見直しの最中に、『先祖の古文書』の写しに漏れがあったことに気づき、ここに追記したのではないか? と思われます。

ただ、本来の構成としては、【第1部】の中に含まれるべき書です。
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【原文と直訳】(出雲の大国主命)

一 昔在神代 大地主神 營田之日 以牛完食田人 于時 御歳神之子 至於其田 唾饗而還 以状告父 御歳神發怒 以蝗放其田 苗葉忽枯損似篠竹 於是 大地主神 令片巫かたかうなぎ 《志止止鳥しとどどり》 肱巫 《今俗 竈輪かまわ及米占也》 占求其由

神代の頃 大地主神 田営の日 牛 食田 人傷つけられたり 是に 御歳神の子 田に至り 唾を饗し 状 父に告ぐ 御歳神 怒りて蝗を放ち 苗葉 枯れ損じ 篠竹の如し 大地主神 片巫《志止止鳥しとどどり》 肱巫《今の 竈輪かまわと米占いなり》に占い求む


御歳神爲祟 宜獻白豬白馬白鶏 以解其怒 依教奉謝 御歳神答曰 實吾意也

御歳神の祟りに 白豬 白馬 白鶏を献げて怒り解くべく 教に依り謝すれば 御歳神答えて曰く 「実に我が意なり」


宜以麻柄作桛桛之 乃以其葉掃之 以天押草押之 以鳥扇扇之 若如此不出去者 宜以牛完置溝口 作男莖形以加之 《是 所以厭其心也》 以薏子蜀椒呉桃葉及鹽 班置其畔 《古語 薏玉都須玉也》 仍 從其教 苗葉復茂 年穀豊稔

麻柄を以て桛桛と作り 葉で掃き 天押草で押し 鳥扇で扇ぐべし 如此にしても出づれば 牛を傷つける者を溝口に置き 男莖の形作り加える《心をまじなうため》 薏子 蜀椒 呉桃葉及び塩を班置し畔に置く《薏子は玉都須玉なり》 仍って 教に従い 苗葉復茂り 年穀豊稔となる


是 今神祇官 以白豬白馬白鶏 祭御歳神之縁也

是れ 今の神祇官が白豬 白馬 白鶏を以て御歳神に祭る縁なり

テーブルデザインピンク2行 なんか表現が古くありません? 私の頭では、意味がよくわからないです……
このままでは、よくわかりませんよね? 以下は、【原文】の現代訳バージョンになります。
古語拾遺こごしゅうい』第5部 (出雲の大国主命と卑弥呼) 「従五位下」官位 斎部宿禰廣成いんべのすくね ひろなり (奈良・平安時代)

昔々、神代じんだいの時代に大国主おおくにぬし命が田をたがやしていた時のことです。 牛を使って農民の仕事を助けていたのですが、ある時、歳御としみ(橿原宮の神武天皇のこと)の子がその田にきて、作物に唾をいて供え物とし、帰りました。 これを見た天の神は皇族の行為に激怒し、その田にいなごを放ち、苗が急速に枯れました。 そこで、大国主命はうらない師である志止止鳥ししじどり(志指示鳥・八咫烏のこと)肱巫こうなのみこ(皇名の巫女・卑弥呼のこと)に原因を占わせました。 結果、天の神の怒りが災いをもたらしていると分かり、白い豚、白い馬、白い鶏を捧げて怒りを鎮めるようにとの助言がありました。 この助言に従い、捧げ物をしたところ、神は怒りの鎮め方はこうであると答え、田を麻の茎で作ったほうきで掃き、天の草と地の草で押さえ、鳥の扇で扇ぐよう指示しました。 これらの行動でイナゴが去らない場合は、溝の口に牛の糞を置き、薏苡よくい、山椒、桃の葉、塩を田の端に置くように言いました。 これらの指示に従った結果、苗は再び茂り、豊かな収穫が得られました。

📼 作者の斎部廣成いんべの ひろなり 一人語り風

これは、出雲に行って問題行動を起こした『素戔嗚尊』様と、すでに応援に駆けつけていた卑弥呼ひみこ様、八咫烏様の対策の話を描いておりますな。 この話は、『因幡の白兎』の田んぼ再生の時の花粉の話とつながるわけですが、あの物語は大国主様側の視点から描かれておりますから、イタズラ兄者とは、若君とお付きの家来たちのことでございます。 神と会話の出来る卑弥呼ひみこ様ですが、この頃からすでに神術使いでございました。 まだ、大王様から〝ヤマト大国〟を引き継ぐ前の話でございます。 この文面からですと、応援にいらしたのは卑弥呼様だけでなく、八咫烏様(椎根津彦)もいらしていたようですな。 そして、素戔嗚尊様はともかく、卑弥呼ひみこ様は大国主様と仲が良かった……。

🎓 『古語拾遺』を理解する、分かりやすい解説

 ・ 素戔嗚尊が出雲国譲り交渉の命を受ける  ・ 田舎ヤダ! やる気なし  ・ やる気ないから問題行動だらけ  ・ 数年間報告ナシ。アイツどうなってる?  ・ 連絡受け、姉上視察(姫路から)  ・ 姉上が国譲り交渉引き継ぐ(敵対的ではなく、協力しながら)  ・ その横でまた素戔嗚尊がイナゴの乱  ・ あいつ! またやらかした!  ・ 交渉は何年も続く  ・ 何かのきっかけでようやく交渉成立(荒くれヤクザ登場?)  ・ 火山噴火  ・ 卑弥呼ひみこは慌てて伊勢へ(伊勢神宮を建てる)

肱巫こうなのみことは、正しい漢字は〝皇名の巫女こうなのみこ卑弥呼ひみこのこと。 出雲の国の平定のために、神武天皇が息子である素戔嗚尊を赴任させたが、数年待っても報告がない。 そのため『姫路』にいた長女の卑弥呼ひみこに、様子を見に行かせた。 来た直後は、誤解があり「矢を放たれて」追い返される。 これが、神話の中の 雉名鳴女キジナナキメ の部分。( ⇱ 新ウインドウで解説LINKあり) 神話の中では、胸に刺さって死亡したことになっているが、実際は生きている。 その後、「本当はそんなつもりではなかった。誤解だった。申し訳ない」と謝罪に来て、契約を交わし、誤解を解く。 これが、神話の中の『姉弟の天界の喧嘩』この部分。( ⇱ 新ウインドウで解説LINKあり)   ・    ・  こうして、一応は一件落着となって、ヘルプに来た卑弥呼ひみこがそのまま交渉を継ぎ、その過程で起こった事件が今回のコレ。 (素戔嗚尊は反省していなかった) その後、やっぱりラチがあかなくて、ヤクザものの荒くれ2神(タケミカヅチ他)が強引に交渉をまとめあげる。 その後、火山が噴火し、卑弥呼ひみこは伊勢の地へ! 素戔嗚尊は、彼の不徳が神の怒りを買ったと誤解され、幽閉〜皇族の身分剥奪へ。 この、「根の国(一般人の身分)に退去せよ!」という命令が、『素戔嗚尊追放』のシーン。( ⇱ 新ウインドウで解説LINKあり) ……というのが、実際にあった事実で、そのエピソードをいろんな形で『神話』という名の物語の中で、とりあげられているのです。

それっぽい由来を示す神社が、『葛木御歳神社』と『大神神社』ではあるものの、どうも『由来』は誤解されて伝わっているような……。 他の神社の『由緒』にも、誤解と感じるものは多々見られ、それらの誤解は全部、古文書『延喜式』の内容に起因しているようです。『延喜式』は、奈良・平安期に編纂されたもので、多くの神社の歴史や起源の情報源なのですが…… 『延喜式』の原初のバージョンを編纂したのは中臣氏で、その中身に対する怒りが、数個前の記事『神々の帳簿』に出ているんですよね。

もし、当時の人がまとめた『延喜式』そのものに誤解が混ざってたとしたら、後世に伝わる神社の由来も、同じ内容になるわけで…… 歴史を正確に次の世代に残すというのは、『伝言ゲーム』の、代々のリレー走者がただの一人もミスを犯さなかった! という、奇跡的な確率でしか成功しないのです。 NEXT『古語拾遺』結びの文








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