🔍 古語拾遺の完全訳
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『古語拾遺』の原文の構成は、
【原文の構成】
このようになってます。
今回のページは『古語拾遺』の完全訳シリーズの一部です。
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▶ 古語拾遺の全体解説(第1ページ)
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勝宝とは、聖武天皇のこと。
聖武天皇は24歳のときに、元正天皇から皇位を譲られて即位しました。
天武天皇と持統天皇の血を引く直系の皇子ではあったものの〝非皇族の母〟を持つという点で、その即位は異例とされました。
また、聖武天皇の治世には、天然痘の大流行が起こりました。
これにビビって仏教の信仰に走ったという、研究者の解釈もあるようですが、その解釈は間違いで、(権力基盤の脆弱さから、仏教を広めて中央集権化を推進した)のです。
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このままでは、よくわかりませんよね?
以下は、【原文】の現代訳バージョンになります。
【序文】 … 奈良の現状を嘆く 【第1部】 … 先祖の古文書の書き写し 【第2部】 … 宮殿建設〜ヤマト政権スタート 【第3部】 … 歴代天皇の治世 【第4部】 … 中臣氏の権力増大に対する警告 【第5部】 … 大国主命と卑弥呼のエピソード 【結び】 … 天皇個人に宛てた結び
【原文と直訳】(勝寶九歳)
又 勝寶九歳 左辨官口宣 自今以後 伊勢太神宮幣帛使 專用中臣 勿差他姓者 其事雖不行 猶所載官例 未見刊除 《所遺十一也》
勝寶九歳の折 左辨官の口宣に依りて 「以後 伊勢太神宮の幣帛使は 専ら中臣を用い 他の姓を差し置くべからず」 この事 行われずとも 官例に載り 未だ刊除されず 《これ遺憾の11なり》
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なんか表現が古くありません? 私の頭では、意味がよくわからないです…… |
『古語拾遺』第4部 (勝寶九歳)
「従五位下」官位 斎部宿禰廣成 (奈良・平安時代)
かつて、勝寶様が九歳であられた時、左辨官が重要な宣言をしました。 その宣言によれば、伊勢の大神宮への幣帛(神への供え物)を運ぶ使者の役割は、中臣氏だけが専門的に担い、他の姓の者は関与せず、とされたのです。 この宣言は実際には実行されていませんが、公式の記録には今も残っており、削除されておりません。 これは、我々の歴史における十一番目の大きな見落としと言えるでしょう。
📼 作者の斎部廣成 一人語り風
陛下にお伝えすべき重要な事象として…… ワタシが今、このように陛下に文を書いておりますのも、いにしえの時代より先祖達によって紡がれてきた正しい知識を、今一度陛下にご理解いただき、この乱れた世が、古き良き時代だった頃の風習に戻るきっかけになればと思った次第でございます。
『古語拾遺』第4部 出雲の大国主命
