🔍 古語拾遺の完全訳

📘『古語拾遺』の全体メニューに戻る ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 『古語拾遺』の原文の構成は、 【原文の構成】 このようになってます。 今回のページは『古語拾遺』の完全訳シリーズの一部です。 ページ単体の訳だけでなく、全体像はどうなってる? と気になったときは、全体メニューか、最初の1ページ目に戻ってみてください。流れが見えると、内容がぐっと分かりやすくなります。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▶ 古語拾遺の全体解説(第1ページ)   ・    ・  本文中に、〝聖なる皇帝〟という記述があり、聖武天皇は 勝宝感神聖武皇帝 という尊号を持っているので、西暦700年代の彼の治世のことを指している。 聖武天皇は、仏教を特に推進していた背景もあったので、貴族たちの間では、もう祭祀への本来の意義が薄れ、完全に神々への敬意を失っていたのかもしれない。 『神武天皇』の世のような、神々と時の天皇の交信 は、すでに絶えて久しいのかもしれない……   ・    ・ 
【原文と直訳】(尊祖敬宗)

夫 尊祖敬宗 禮教所先 故 聖皇登極 受終父祖 類于上帝 禋于六宗 望于山川 徧于群神 然則 天照大神者 惟祖惟宗 尊無與二 因 自餘諸神者 乃子乃臣 孰能敢抗 而 今神祇官じんぎかん班幣之日 諸神之後 叙伊勢神宮 《所遺二也》

祖を敬い 宗を尊ぶは礼の根 故に 皇の即位に際し 先祖に倣い 天に祈り 六宗に望み 山川に祈りを捧げ 神々に及ぶ 然れども 天照大神は最も尊く 他に並ぶ者なし 他の神々は子または臣として これに抗う者なし しかし 神祇官じんぎかん班幣の日 伊勢神宮は後に叙する 《これ二つ目の遺憾なり》

テーブルデザインピンク2行 なんか表現が古くありません? 私の頭では、意味がよくわからないです……
このままでは、よくわかりませんよね? 以下は、【原文】の現代訳バージョンになります。
古語拾遺こごしゅうい』第4部 (尊祖敬宗) 「従五位下」官位 斎部宿禰廣成いんべのすくね ひろなり (奈良・平安時代)

「尊祖敬宗」という原則は非常に重要でございます。 故に、聖なる皇帝が即位される時、新天皇は先祖の尊厳を引き継ぎ、最高神に等しい存在となります。 そのうえで、皇帝陛下は、六祖の神々に祭りを捧げ、山川を尊び、すべての神々に敬意を表されるのです。 そして天照大神は、我々の祖でもあり霊元の中心でもあります。 彼女への尊敬は、他のどの神々とも比べ物にはなりません。 従いまして、他のすべての神々は、天照大神の子孫または臣下としてあがめ、この秩序に逆らうことは、誰にもできないのです。 しかしながら、官僚の神々のランク付けや、供物が捧げられる日に、天照大神に捧げられた伊勢神宮が他の神々の後に列挙されることがございます。これは、残念ながら、大きな見落としの一つでございます。 二つ目の大きな見落としと言えるでしょう。

📼 作者の斎部廣成いんべの ひろなり 一人語り風

「六祖の神々」とは(伊勢・春日・鹿島・豊受・出雲・熱田)と呼ばれる神々でございまして、古代より我が国の民を守り導いてくれた神々様でございます。 ほかにも、山や川など、自然そのものが神のおわしますところですから、同じく敬意を抱く対象でございます。 その中でもやはり、天照大神は太陽神ですから特別でございます。 我が国は〝日の本の御国みくに〟でございますから、天照大神様の元に暮らす存在なのでありまする。 しかしながら、近頃神祇官じんぎかんを担当する者の、読み上げの順に、違和感がございまして名。朝廷は人臣に階位(正一位や従一位など)を発表するときに、班幣の儀式で位の高い順に読み上げられるのですが、正一位の身分に任命された藤原不比等ふじわらのふひと の後に、伊勢神宮の名が呼ばれてた事象がございましてな…… これは天に対する、不敬の表れではないか? と思った次第でございます。

💻 関連LINK……歴代「正一位」受位者

🎓 『古語拾遺』を理解する、分かりやすい解説

初代の『神武天皇』は、神に仕える身として、祭祀を非常に厳格に行っていたというのが歴史の証です。 この時代、天皇は神聖な存在、神々と人々の間の仲介者として尊ばれていました。 祭祀は国家の安泰や五穀豊穣を祈る重要な行事だったのです。 しかし、時代が進むにつれて、後継天皇や側近貴族たちの間では、祭祀の目的意識が少しずつ薄れていきました。 形式的な儀式や慣習を守るだけとなり、祭祀の精神性が消えてしまったのです。 初代の天皇は、神に仕える身として祭祀を厳格にやっていたのに、後の代に進むにつれて、本来の目的意識が薄れ、形式だけになってしまう。 ここで注目すべきは、六祖(伊勢・春日・鹿島・豊受・出雲・熱田)と呼ばれる神々への尊敬の念です。特に、天照大神を最高神として尊ぶことは、神道において非常に重要な要素。 神祇官じんぎかんが閣僚の身分の送呈式の場で、閣僚の名前を伊勢神宮より先に呼んだことは、当時の社会における、神と貴族間の緊張関係の緩みを反映していると言えます。 日本の古代において、身分制度や官位は極めて重要で、特に宮中の儀式や公的な場においては、その序列は厳格に守られていたのです。 閣僚の身分制度の送呈式とは、官位を授与する際の儀式なので、この場で官僚たちの名前が呼ばれる順番とは、その人物の社会的な地位や権威を象徴していました。 伊勢神宮は天照大神を祀る日本最高の神社であるにもかかわらず、その名前が藤原不比等ふじわらのふひと よりも後に呼ばれるとは、前代未聞!! 神聖なる伊勢神宮への敬意が欠如していると感じられたのでしょう。 彼らの中に、祭祀の本質を軽視し、神々よりも自らの格の方が高いというおごり高ぶった認識があったから、このようなことになったのでしょう。これは、神聖なるものへの敬意が失われ、世俗的な権力が優先されるようになった証拠なのでした。
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