🔍 古語拾遺の完全訳
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『古語拾遺』の原文の構成は、
【原文の構成】
このようになってます。
今回のページは『古語拾遺』の完全訳シリーズの一部です。
ページ単体の訳だけでなく、全体像はどうなってる? と気になったときは、全体メニューか、最初の1ページ目に戻ってみてください。流れが見えると、内容がぐっと分かりやすくなります。
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▶ 古語拾遺の全体解説(第1ページ)
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古代の朝鮮半島には、新羅・百済・高句麗の3国家が存在しており、古代から中世にかけて、日本との間には多くの交流がありました。これには外交使節の派遣、文化的交流、時には亡命者の受け入れなどが含まれます。
この文は、飛鳥時代から奈良時代にかけての日本、が朝鮮半島の三国(新羅・百済・高句麗)を圧倒していたことを示しています。
この時期、日本は特に〝百済〟と密接な関係を持ち、百済は日本に対して忠誠を示していました。
特に、白村江の戦い(663年)の後、百済は新羅と唐によって滅ぼされたのですが、その時多くの王族関係者が日本に亡命しました。これにより、日本と百済の間の関係はさらに強化されました。
ちなみに、新羅は7世紀後半に朝鮮半島を統一し、高句麗と百済を滅ぼしました。
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このままでは、よくわかりませんよね?
以下は、【原文】の現代訳バージョンになります。
【序文】 … 奈良の現状を嘆く 【第1部】 … 先祖の古文書の書き写し 【第2部】 … 宮殿建設〜ヤマト政権スタート 【第3部】 … 歴代天皇の治世 【第4部】 … 中臣氏の権力増大に対する警告 【第5部】 … 大国主命と卑弥呼のエピソード 【結び】 … 天皇個人に宛てた結び
【原文と直訳】(住吉大神)
至於磐余稚櫻朝住吉大神顯矣 征伏新羅三韓始朝 百濟国王懇致其誠終無欺貳也
磐余稚櫻朝に至り住吉大神顕れる 新羅征伏し三韓初めて朝貢す 百済国の王誠を懇に致し 終に欺くことなく 貳うこともなし
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なんか表現が古くありません? 私の頭では、意味がよくわからないです…… |
『古語拾遺』第3部 (住吉大神)
「従五位下」官位 斎部宿禰廣成 (奈良・平安時代)
磐余稚桜朝の時代に、住吉大神の出現がありました。 また、この時代には新羅の征服と服従が達成され、三韓(朝鮮半島の高句麗・新羅・百済)からの朝貢が届くようになりました。 百済(朝鮮半島の南西部)の国王は誠実に忠誠を誓い、決して欺くことや裏切りの心を持つことはありませんでした。
📼 作者の斎部廣成 一人語り風
これは、我が国の力が拡大したことを示しております。 特に、百済の国王は誠実に忠誠を誓い、心からの服従でございました。 この忠誠は、我々の国と百済との関係において非常に重要でありまして、長い間、両国間の信頼関係を築く基盤ともなりました。 朝貢とは、大和朝廷に対しての特産品などの献上のことですな。 大和朝廷への敬意と忠誠の証ですが、いわゆる〝袖の下〟を払うことで、政治的な保護や経済的な特権を受けることも狙いでございましたな。 今までは、地方の豪族支配地から受けていたのでございますが、大和朝廷の力が外国にまでおよび始めたということですな。 偉大な、大日本帝国の始まりでございます。
🎓 『古語拾遺』を理解する、分かりやすい解説
この時代の日本は、朝鮮半島の情勢に大きく関与し、百済&高句麗との関係を重視していました。
特に百済は、4世紀から7世紀にかけてはかなり密接な関係を持っていました。
日本に仏教を伝えたのは、中国ではなく百済なのです。
ただ、新羅との関係は複雑で、時に友好的なこともありましたが、日本は百済や高句麗と同盟関係にあったため、新羅とはしばしば対立していました。
白村江の戦いの後、新羅が朝鮮半島を統一したわけですが、新羅の統一後は、日本は朝鮮半島から距離を置くようになりました。
『古語拾遺』第3部 秦 漢 百済の帰化
