📓 『カタカムナ』 全80首の意味−第59句の解説
『カタカムナ』第59句
今回は、古語の『言挙げ』についての解説が中心です。
実は、奈良・平安期の和歌の文化 は、『託宣神』の言葉から来ていたもので、自然発生の流行ではなかったそうな。
ちょうどこの、『カタカムナ』の原文のように、元々は『神のご神託』が元ネタだったそうな。
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📜 『カタカムナ』第59句の解説
📓 【原文】
『カタカムナ』 第59首
オホコトオシヲ イヨフタナ イキツヒメシマ オホトヒワケハ ツチヒコ
『カタカムナ』 第59首
🔎 【この句の意味は?】
多事教神を 意与二名 息つ秘め島 大戸日分けは 土彦
『カタカムナ』 第59首
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人々への『先生』としての神様は 『意与』(伊予)のまたの名をこう告げた ・ 『言挙(ことあ)げ』せぬが良し! ・ 成功と失敗を分けるものは『根の実力』
📜 『言挙げ』せぬが良しとは?
【古語解説】
感情や思いを「言葉で表現すること」の意味。 古代の日本では、感情はあまり表に出さず 心の内側にしまうのが良いとされていた。
『言挙げ』
感情や思いを「言葉で表現すること」の意味。 古代の日本では、感情はあまり表に出さず 心の内側にしまうのが良いとされていた。
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えっ? 無口な方がいいの? おしゃべりの、明るい性格の人はいけないってこと? |
神は全てを教えるわけではない。ヒントを教える
だがそれも、謎かけの形、暗号の形で教えていて、簡単には解けないようにしていた。神に頼りすぎないようにだ。
やがて教養を身につけた人間同士が、短歌や和歌といった形で、神の伝達形式を真似るようになった。
神が謎かけの形で意を伝える→ 神様の言葉カッコイイ!→ 人も真似した→ 貴族同士の教養比べ
このような流れになった。
これが、奈良・平安期の和歌の文化につながった。
『言挙げ』に関する記述は、その頃のものなので、あまり気にすることはない。
おしゃべりで、明るい性格は結構なことだ。ただ『呪詛』は避ける……
・ 人の悪口を言う ・ 不平不満を言う ・ 相手を威嚇する ・ 呪いの言葉を発する(SHINEとかKIEROとか) ・ 品のない、乱れた言葉使いも×






