📓 『カタカムナ』 全80首の意味−第57句の解説
『カタカムナ』第57句 今回は、大変な美人として有名な『小野小町』の話も出てきます。
『小野小町』と『カタカムナ』、いったいどこに関係が??と思われるかもしれませんが、奇妙な共通点が一つありまして…… ・ ・
『カタカムナ』第57句の解説
📓 【原文】
【漢字に直すと?】『カタカムナ』 第57首
アカキウツシネ カムミカラ ヤマムナシキ ケヒココロ ケシキウツシネ
『カタカムナ』 第57首🔎 【この句の意味は?】赤き映し根 神身から 山無しき 気比心(根気比べ) 景色写し根
『カタカムナ』 第57首赤い果実がなる木(成功の比喩的表現)の根っこ それはまるで『神が宿る身体』のよう! 一方で…… 山がなく、同じ風景ばかりの『根気比べ』すらできないココロ それは、その景色の通り、ひ弱な人の根っこ
この句は何を語ってるの?
パッと見、今までの流れから、これも『人生訓』かな? と思うでしょう? その通りです。
『赤い果実』を実らせるには、『根』が大事だぜ!人生も同じだぜ!このような訓戒は『カタカムナ』に限らず、ドコの世界でも言われてるコト。 ただ、『カタカムナ』が他と違うのは、続きの部分。
山がなく、同じ風景が広がる、根気比べができないココロ。 それはまさに、その景色通り、ひ弱な人の根っこである。『成功要因』の反対として、『問題視』しているのは〝同じ風景〟 これについて解説します。 ・ ・ 〝ヤマムナシキ〟という原文は、山が空しい……という、何のヒネりもない意味に見えがちですが、 実際、『山が空しい』だと前後の意味が全く通らなくなります。 そもそも、日本語としても、何を言ってるのか意味不明。 実は、この表現には先例がありまして…… この句の〝ヤマムナシキ〟って小野小町の表現がオリジナルなのです。
「やまむなしき やまそらしき 風の音」 小野小町
「山むなしき」 ↪ 景色の中に 山 がどこにもなく 〝空虚な姿〟が広がるのみ。 「山そらしき」 ↪ 山が 空っぽ に見える。 目の前の山に〝気〟が感じられない。
この小野小町の表現から、『カタカムナ』のニュアンスを見に行くことで、本当の意味が分かります。
〝空虚な姿〟が広がるのみの、根気比べができないココロ それは、ひ弱な人の根っこのように、何をやってもダメな人になってしまう。・ 何も挑戦しない、無駄な時間を送る人生 ・ 困難なことから逃げてばかりの人生 ・ 失敗を経験せず、成功しか知らない人生 それらは皆、目の前の山に〝気〟が感じられないのと同じ…… 山に生命活動の〝気〟が欲しいなら、人生に対する『渦』から逃げず、その『イベント』を楽しんでみよう! ・ ・ 『一般的』な成功法則と違って、『神様』の説く成功法則は、こんな違いがありました。 ちなみにオリジナルの『カタカムナ』を降ろされた蘆屋道満は、平安後期のシャーマンなので、平安前期の小野小町より後に生まれています。ただ…… 〝ヤマムナシキ〟って小野小町だけが使っていた表現なので、なぜそれが『カタカムナ』にも出てきたのか……? もしや、小野小町も 『神様の言葉』 を受信できる能力を持っていた?? 確かに、驚くほど『才色兼備』だったらしいですが。驚くほど……。
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『カタカムナ』第57句
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