📓 『カタカムナ』 第8句の訳
今回は『カタカムナ』 第8句 の解説です。
第8句からは、訳の難易度 もドカンと跳ね上がります。
📓 【原文】
『カタカムナ』 第8首
ウマシ タカ カム アシカビヒコ トコロ チ マタノ トキ オカシ
素のままの自分として読んだときは……
なんだこれ? サッパリ分からない。詰んだ
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『カタカムナ』の訳の場合、世の中に参考になるものがなく、全部自力で解かないといけないので、いったん私が詰まったら、そこで終わってしまいます。
調べて解決するようなものではない。
自分が、未知の世界を『先頭ランナー』として切り開いてる状態 だと、世の中のどこにも、答えもヒントもないのです。
なので、自分がここで挫折したら『カタカムナ』の謎は、おそらく永遠に謎のまま。
……挫折できない。
自分は、神様から直接『カタカムナ』の訳のオーダーを受け、霊能者の技も駆使しながら解いているわけだから、中途挫折はおそらくない。
何らかの解決法は見つかるはず。
しかしどうやって? どうすれば道は開ける?
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これはもう、神様に頼るしかないよね。
もちろん最初から、霊能力に頼りまくってはいたのです。でも神様への「泣きつきかた」が足りなかったのかもしれない。
あるいは、連日 霊能力を使いすぎて、ちょっと疲れていたのかも?
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後日、数日間の休みを入れて、今度は霊能力をさらに高めた本気状態で、また挑戦してみました。
今度はヒントだけ降りてきました。
そのかわり、降りてくるまで、さらに15回くらい、神様に泣きつきましたけど……
実際解いてみると、この句には 予想外のこと が解説されていました。
今回の句は、『神様に願いが届いた後はどうなるか?』の説明だったのです。
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🎓 『カタカムナ』 第8首の原文と漢字
📓 【原文】
『カタカムナ』 第8首
ウマシ タカ カム アシカビヒコ トコロ チ マタノ トキ オカシ
『カタカムナ』 第8首
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宇摩志 高 神 阿斯訶備比古遅神 所 地 またの 時可し
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えっと… これのどこが、『神様に願いが届いた後はどうなるか?』の説明なんですか? |
ほとんどの句は、一部のヒントしか降りてこず、解読中の思考過程も含めて文章化させたい意図なのか? 私の洞察力を試されることも多々アリ。
だから、もらったヒントを元に、数日間ウンウン唸りながら、頭が痛くなっても我慢しながら、やりましたとも!
最後は肩まで張って、腰まで痛くなったけど。痛みを我慢しながら……
自力で解いてみせた過程がこちらです!
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🎓 宇摩志阿斯訶備比古遅神の真の名は?
第7句に初登場の神様、(ウマシ・アシカビ・ヒコ)の漢字ですが、『古事記』 ……《宇摩志阿斯訶備比古遅神》
『日本書紀』……《可美葦芽彦舅尊》
どちらもわけのわからない漢字があてられてます。
どう見ても、元々、その土地代々に伝わっていた『神話』本来の呼び名ではなさそうですよね?
では、その土地の人が話していた『呼び名』と一致する、本当の漢字は?
『美味し・葦黴・彦』
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神様の本当の名前を知りたかったら、『文字を見る』のではなく、『発音』に注目するのです!
元々神名は、人間が勝手に名付けたモノではなく『神のお告げ』として、声が聞こえたモノを記録したモノ。
だから、文字化の時点で、漢字を間違えてることはよくあります。今回もそのケース。
でも……
この字になってしまうと格調高くない。それどころか、カビってあのフワフワ綿毛のバイ菌のこと。
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ギャー! 神様をカビ扱いだなんて、バチ当たりな!! |
ウマシ・アシカビ・ヒコ神
ウマシ・・・・良いものをほめた美称(上手い)など
タカ ・・・・ 高皇産霊神(高身結び) カム ・・・・ 神皇産霊神(神身結び)
アシカビ・・・・葦黴(豊作 🌾 → 願望達成) → 葦の穂が一面に実る(稲穂の大豊作) 『理想的な成功』の比喩表現 ヒコ・・・男性の尊称(ポジティブ)
トコロ チマタノ …… 所(広い土地)、地(場所)など トキ オカシ …… 時が経つほど、さらに素晴らしくなる → おかしとは? 平安時代の『枕草子』の 「いとおかし」と同じ意味。
訳者の実力不足や思い込みという、訳者個人に起因するミス もあれば、原文そのものに誤解 が混ざっていて、正しく見抜かないと、間違った方向に誘導されてしまうケースも。
だから、『古事記』の訳の場合、『竹取物語』や『枕草子』の訳などと違って、ただ訳すだけでなく、研究者には『推理力』も必要になるのです。
宇摩志阿斯訶備比古遅神 は、そもそも『神名』ではなかった。
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今までの学術界の『古事記』への接し方は、日本神話を記した最古の記録 という立場を 過剰に尊重しすぎ て、『日本最古の書物に、間違いなどあるはずがない』と、そこに書かれている内容を受け入れすぎていた。
その視点で見ていると、目の前の中身にいろいろ矛盾があっても、ミスに気づかない。
でも私の場合は、いかに日本神話の 間違って伝わってる記録 を正して、本来の『神話の原形』をいかに蘇らせるか? という方向でやっています。
だから、誰も見抜けなかったことに、ただ1人 気づけるのです!!
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🔎 【この句の意味は?】
〝理想的な形〟で 高天原の神々と自分自身の身が結ばれ、神の援護を受けたなら 見渡す限り大豊作の 景色のように…… 広い土地、財産、未来の自分など すべてが予想以上の素晴らしい形に発展していく!
(Wikipediaより)
その綿毛っぽいフワフワの状態(稲作の収穫期)のことを、昔の人は葦黴と呼びあっていたのです。
🎓 真の『神名』を解いた後、第8句を見直すと?
勉強や仕事で成功させたいと思った時、ほとんどの人は 「一生懸命 頑張ることが大事!」 と、自助努力が正解だと思っています。 ところが、神様の答えは違ってました。天から応援を受けた状態で、追い風に乗って努力するならイイ。 でも、自助努力だけで、逆風に立ち向かおうとするのは間違いだぞ!
👤 『神様』が説く『人生を成功させる』ヒント……
この句の意味は、まさにそのような感じだ。 解釈は合っている。 人間は何か目標があるときに、自力で頑張ることが正しいと思い込んでいる。 『神仏を尊び神仏に頼らず』 (宮本武蔵) そのような考え方が、格好いいこととされてるようだが、神仏の存在を信じるなら、神仏に頼ればいいではないか。
つまらないプライドで、独力で事を為さんとする心意気を、人間同士は、「強い精神だ」と褒め合っているが、
神から見れば「せっかく助けてやろうと待っているのに、頼りに来ないとはもったいない」と感じている。
意地を張るのも良いが、そのつまらないプライドをなくせば、神は助ける気満々だと言ったら驚くか?
【天は自ら助くる者を助く】
神は、努力をする人間が好きだ。
自分の限界にチャレンジする人間はもっと好きだ。
だから、その状態で頼りに来れば、もっと褒美を与える気満々でいるぞ!
(藤井棋士は『神頼み』しなくてもスゴイが、もし『神頼み』するようになったら、もっとすごいことになる)
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では、神への会い方は神社か? というと、まずは「意」だ。
『カタカムナ』第4句 のように、意は永遠に神なりて……だ。
続いて、作法だ。『カタカムナ』第5句 のように、カタチサキ!!
その形(かんながらの作法のこと)を守れただろうか?
守れた者に対しては、『カタカムナ』第6句 の「生えつ稲穂」となり、『カタカムナ』第7句 のミスマルの球(神のエネルギー)を受け取ることが出来る。
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それだけのものが受け取れるのに、『神仏を尊び神仏に頼らず』のままではもったいないではないか。
神は日本の総人口の20人に1人、神に縁のある600万人のことは、救う気満々で待っている。
〝アナタは救われるべき人〟として神は見ている。
このHPが心に刺さり、毎日のように見ている者であれば、ほとんどがその対象者だから安心するがいい。
あとは本人が、正式な作法で神の前に現れるか? それだけだ。
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人間同士が作ったルールは守るのに、なぜ神の前だとルーズになる?
冠婚葬祭でも、皆作法を守り、身なりも整えているだろう?
〝神に会う〟とは〝神に歓迎される状態〟のことなのだ。歓迎される状態でなければ、神には会えないぞ。
『カタカムナ』 全80首の意味−第9句の解説






