⛩️ H1

多くの人は、スピリチュアルに優しさを求めます。 でも、ここまでの記事を読んでわかるように、本物のスピリチュアルは、実は『世の中の常識』と矛盾しない。 甘いスピリチュアルというのは、理想郷のような顔で近づいてくるけど、実は人を骨抜きにしてしまうことがあります。 甘い言葉って、よく「悪魔の誘惑」と例えられますが 漫画などの表現でも、天使と悪魔のセリフの対比があります。 天使は、あなたを更正させようとする。 「ねぇ、ダイエットするって言ってたよね。ケーキ食べていいの? 自分で決めたこと、もう破っちゃうの?」 一方悪魔は、あなたを堕落だらくさせようと、甘〜くこう囁きます。 「ケケケ、そんなこと気にするなよ。食べたいなら食べちゃいなよ。ほ〜ら、甘くておいしいぞ〜!」 悪魔って、弱い人に寄り添うように見せかけて、誘惑の言葉を放ってくる。 だから人生も、甘い理想郷ばかり求めすぎると、かえって危険。 弱りかけた人が「このままではいけない」と立ち上がりかけたとき、 「何もしなくても救われる」 「あなたはそのままでいい」 そう言われたら「それなら無理して動く必要もないかな」と思って、また座ってしまう。 しかし、一般の常識から見れば、これはかなりおかしなことを言っている世界です。 現実の世の中は、努力を放棄した人 には、厳しい現実が待っている。 努力をしなければ、学校のテストで100点は取れない。 部活でレギュラーにはなれない。 志望校にも落ちるし 希望の会社からも『お祈り返信』される。 成長するには、目標に向かって、困難を『自己解決』する力が必要。 なのに、甘い言葉に流され、努力を放棄 する道に進んだら、その後の人生はどんどん『苦しく』なってしまう・・ だから、多くの人は甘いスピリチュアルに警戒心を持っている。 あの世界が言ってることは、おかしいのではないかと。   ・    ・ 

🎓 H2

では、神頼みをする人は心の弱い人なのか? 宮本武蔵みたいに 『神仏を尊び 神仏に頼らず』 が本来の理想であり、強い人の生き方なのか? 多くの人は、そう考えるかもしれません。 しかし、歴史を調べてみると、実は逆の事実が見えてきます。 古代文明では、一番強い立場にいる人ほど、神様に頼っていたのです。 それが、古代の王たちです。 例えば、あなたも ソロモン王の伝説を聞いたことがあるでしょう。 ソロモン王は、古代イスラエルの賢王として知られ、 神から知恵を授かった王として語られています。 しかし、このような話は、イスラエルだけではありません。 世界の歴史を見ていくと、 王と神が対話していたという神話や記録は、さまざまな文明に登場します。 中国の周王朝。 エジプトのファラオ。 日本の天皇。 どの文明でも、国家の重要な判断において、 神官が祈りを捧げたり、占いを行ったりしていたことが記録されています。 つまり、国家のトップが 神の意志を確認しながら国を治めていた。 これは、地域や文化を超えて見られる 共通した事実なのです。   ・    ・ 

🎓 H2

では、なぜ王たちはそこまでして 神の意志を確認しようとしたのでしょうか。 もし神の存在がただの飾りや権威づけであれば、 国の命運を左右するような判断を 占いや神託に頼る必要はありません。 しかし実際には、 戦争をするかどうか。 国を動かす大きな決断をするとき。 王たちは必ず、神に祈り、 神官の占いや神託を通して 神の意志を確かめようとしていました。 それほどまでに、古代の人々にとって 神の存在は現実の力として考えられていたのです。 つまり、神頼みというのは 弱い人が最後にすがるものではありません。 むしろ歴史を見れば、 一番大きな責任を背負っている人ほど、神の力を借りようとしていた。 そう考えることもできるのです。 ここで、少し視点を変えてみましょう。 もし本当に、神の意志というものが存在し、 古代の王たちがそれを頼りにしていたのだとしたら。 それは国家を動かすほどの力です。 では、その力が 個人の人生に働くとしたらどうなるのでしょうか。   ・    ・ 

🎓 H2

  ・    ・ 

🎓 H2

  ・    ・ 

🎓 H2

  ・    ・ 

🎓 H2

  ・    ・  NEXTスピリチュアルの罠NEXT➜






SNS



対面セッション

↑