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多くの人は、スピリチュアルに優しさを求めます。
でも、ここまでの記事を読んでわかるように、本物のスピリチュアルは、実は『世の中の常識』と矛盾しない。
甘いスピリチュアルというのは、理想郷のような顔で近づいてくるけど、実は人を骨抜きにしてしまうことがあります。
甘い言葉って、よく「悪魔の誘惑」と例えられますが
漫画などの表現でも、天使と悪魔のセリフの対比があります。
天使は、あなたを更正させようとする。
「ねぇ、ダイエットするって言ってたよね。ケーキ食べていいの? 自分で決めたこと、もう破っちゃうの?」
一方悪魔は、あなたを堕落させようと、甘〜くこう囁きます。
「ケケケ、そんなこと気にするなよ。食べたいなら食べちゃいなよ。ほ〜ら、甘くておいしいぞ〜!」
悪魔って、弱い人に寄り添うように見せかけて、誘惑の言葉を放ってくる。
だから人生も、甘い理想郷ばかり求めすぎると、かえって危険。
弱りかけた人が「このままではいけない」と立ち上がりかけたとき、
「何もしなくても救われる」
「あなたはそのままでいい」
そう言われたら「それなら無理して動く必要もないかな」と思って、また座ってしまう。
しかし、一般の常識から見れば、これはかなりおかしなことを言っている世界です。
現実の世の中は、努力を放棄した人 には、厳しい現実が待っている。
努力をしなければ、学校のテストで100点は取れない。
部活でレギュラーにはなれない。
志望校にも落ちるし
希望の会社からも『お祈り返信』される。
成長するには、目標に向かって、困難を『自己解決』する力が必要。
なのに、甘い言葉に流され、努力を放棄 する道に進んだら、その後の人生はどんどん『苦しく』なってしまう・・
だから、多くの人は甘いスピリチュアルに警戒心を持っている。
あの世界が言ってることは、おかしいのではないかと。
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では、神頼みをする人は心の弱い人なのか?
宮本武蔵みたいに
『神仏を尊び 神仏に頼らず』
が本来の理想であり、強い人の生き方なのか?
多くの人は、そう考えるかもしれません。
しかし、歴史を調べてみると、実は逆の事実が見えてきます。
古代文明では、一番強い立場にいる人ほど、神様に頼っていたのです。
それが、古代の王たちです。
例えば、あなたも
ソロモン王の伝説を聞いたことがあるでしょう。
ソロモン王は、古代イスラエルの賢王として知られ、
神から知恵を授かった王として語られています。
しかし、このような話は、イスラエルだけではありません。
世界の歴史を見ていくと、
王と神が対話していたという神話や記録は、さまざまな文明に登場します。
中国の周王朝。
エジプトのファラオ。
日本の天皇。
どの文明でも、国家の重要な判断において、
神官が祈りを捧げたり、占いを行ったりしていたことが記録されています。
つまり、国家のトップが
神の意志を確認しながら国を治めていた。
これは、地域や文化を超えて見られる
共通した事実なのです。
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では、なぜ王たちはそこまでして
神の意志を確認しようとしたのでしょうか。
もし神の存在がただの飾りや権威づけであれば、
国の命運を左右するような判断を
占いや神託に頼る必要はありません。
しかし実際には、
戦争をするかどうか。
国を動かす大きな決断をするとき。
王たちは必ず、神に祈り、
神官の占いや神託を通して
神の意志を確かめようとしていました。
それほどまでに、古代の人々にとって
神の存在は現実の力として考えられていたのです。
つまり、神頼みというのは
弱い人が最後にすがるものではありません。
むしろ歴史を見れば、
一番大きな責任を背負っている人ほど、神の力を借りようとしていた。
そう考えることもできるのです。
ここで、少し視点を変えてみましょう。
もし本当に、神の意志というものが存在し、
古代の王たちがそれを頼りにしていたのだとしたら。
それは国家を動かすほどの力です。
では、その力が
個人の人生に働くとしたらどうなるのでしょうか。
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スピリチュアルの罠NEXT➜
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